はじめに
近年、職場におけるメンタルヘルス対策は、単なる福利厚生ではなく、企業経営やリスクマネジメントの中核課題として位置づけられている。
厚生労働省の労働安全衛生調査では、職業生活において強い不安やストレスを感じている労働者は50%を超えて推移している。その主な原因として「仕事の量」「仕事の責任」「仕事の質」「対人関係」が挙げられており、メンタルヘルス不調により休業・退職した労働者がいた事業所も一定数存在している。
メンタルヘルス対策は本人の健康問題にとどまらず、生産性低下、
離職率上昇、労災リスク、安全配慮義務違反、ハラスメント問題など企業の経営課題と直結している。
このような背景から、2015年12月にストレスチェック制度が施行され、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、年1回のストレスチェック実施が義務化された。
さらに、小規模事業場についても、厚生労働省および中央労働災害防止協会は、ストレスチェック制度を積極的に活用することを推奨していたが、令和7年5月14日に公布された労働安全衛生法の改正により、令和10年5月14日までに50人未満の事業場においてもストレスチェック実施が義務化されることになった。
高ストレス者への対応は、企業規模にかかわらず重要であり、特に人員余裕の少ない小規模事業場では、1名の休職が職場全体へ与える影響が大きくメンタルヘルス対策は喫緊の課題といえる。
医療法人社団円遊会では精神科医による適切な高ストレス者面談、必要に応じて医療的介入を受けることができる。また、会社相談として上司、人事の方と相談することもできる。
ストレスチェック制度の目的
ストレスチェック制度の目的は、労働者自身が自らのストレス状態に気づき、メンタルヘルス不調を未然に防止することである。従来のメンタルヘルス対策は、「不調者を早期発見し対応する」ことが中心であったが、現在は一次予防、すなわち「不調になる前の段階で介入する」ことが重視されている。
ストレスチェックでは、「職業性ストレス簡易調査票」などを用いて、仕事の負担感、職場での支援状況、心身のストレス反応などを評価する。単なる性格診断ではなく、仕事上のストレス要因と、その結果としての身体的・心理的反応を把握することが目的である。
また、ストレスチェック制度には、個人への気づきだけでなく、「職場環境改善」という重要な役割もある。集団分析を行うことで、部署ごとのストレス傾向や組織課題を把握し、働きやすい職場づくりにつなげることが期待されている。
ストレスチェック制度の特徴
ストレスチェックはアメリカの労働安全衛生研究所が開発した職業性ストレス調査票を用いて作成された。質問項目は仕事の要求度-コントロール-サポートモデルに基づいて構成され、約2.5万人分の日本人労働者のデータからメンタルヘルス不調の発生を予測する数学的モデルが構築されている。
例えば、ある部署の総合健康リスクが120と記載されていた場合、平均的な職場と比較し30日以上の疾病休業のリスクが1.2倍あることを意味している。
ストレスチェック制度では、結果は本人に直接通知され、本人の同意なく事業者へ開示されない。「会社に知られるのではないか」という不安に配慮した仕組みが取り入れられており、労働者が安心して受検できるようプライバシー保護が重視されている。
高ストレス者と判定された場合、本人から申出があれば、事業者には医師による面接指導を実施する義務がある。
ただし、高ストレス者であっても本人の申出がなければ面接指導は実施できない。そのため、企業には「面談を申し出しやすい環境づくり」が求められる。
特に小規模事業場では、従業員が『相談した内容が会社に知られるのではないか』と不安を感じやすいため、面談を申し出たことを理由に不利益な取り扱いをしてはならず、守秘義務や情報管理について丁寧に説明することが重要である。
職場環境改善の重要性
ストレスチェック制度は、単に「検査を実施して終わり」にしてはいけない。ストレスチェック後に職場環境改善へつなげることが、本制度の本質である。
職場環境改善の進め方としては、
- 理想の職場像を明確にする
- 現状とのギャップを把握する
- 改善策を検討する
- 評価と検証を行う
という流れが推奨されている。
職場環境改善には、「経営層主導型」「管理監督者主導型」「従業員参加型」など複数の方法があり、事業場の規模や組織文化に応じて適切な方法を選択する必要がある。
メンタルヘルス対策(職場環境改善、ストレスマネジメント教育など)は生産性向上や欠勤減少などの効果があり、費用便益が費用を上回るという報告が繰り返しなされていることから、単なる「福利厚生」や「コスト」ではなく「投資」であるという考え方が重要になっている。
ここでいう費用とは、従業員の時給、管理職の時給、講師謝金を意味し、便益とは、生産性向上による賞与額の増加、欠勤の減少、仕事のパフォーマンスを意味している。
報告の一例だが、「職場環境改善」では一人当たりの費用が7660円であったのに対し一人当たりの便益が15200円~22800円、「個人向けストレスマネジメント教育」では一人あたりの費用が9708円であったのに対し一人あたりの便益が15200円~22900円、「上司の教育研修」では一人あたりの費用が5290円であったのに対し一人あたりの便益が4400円~6600円、といずれの介入手法を用いてもほとんどの場合において便益が上回っていた。
高ストレス者と休職リスクに関するエビデンス
高ストレス者面談の必要性を理解するうえで重要なのは、「高ストレス状態は、実際に休職や精神疾患発症リスクと関連している」という科学的エビデンスである。
職場のメンタルヘルスに関する研究では、ストレス状態が高い労働者ほど、うつ病発症、長期休業、離職、生産性低下のリスクが高いことが繰り返し報告されている。
職業性ストレス研究では、「仕事の要求度が高く、裁量権が低く、支援が少ない状態」を高ストレイン状態と呼ぶ。
「仕事の要求度−コントロールモデル」では、高要求・低裁量の環境ほどストレス反応が強くなるとされている。そこに「上司・同僚からの支援不足」が加わることで、さらに健康リスクが高まることが示されている。
実際、仕事の要求度−コントロール−サポートモデルにおいて、高ストレインかつ低サポート状態では、うつ病発症リスクが約1.2〜1.7倍高まることが報告されている。
特に、長時間労働、高い責任負荷、裁量権不足、ハラスメント、人間関係トラブル、将来の不安などはストレス反応を増強させる代表的要因である。
ハラスメントと休職・うつ病リスク
職場のいじめやハラスメントは、極めて強い精神的負荷となる。
職場でいじめを受けた労働者は、うつ病発症リスクが約3倍高まるという報告もある。
さらに、精神障害による労災認定件数は年々高い水準で推移しており、特にパワーハラスメントは主要原因の一つとなっている。上司からの叱責、過度なノルマ、孤立、無視、過小評価、公衆の面前での叱責などを契機として適応障害やうつ病を発症し休職に至るケースは少なくない。
ストレス反応とプレゼンティーイズム
高ストレス状態では、必ずしもすぐに休職するとは限らない。
むしろ実際の職場では、「出勤しているが、本来のパフォーマンスを発揮できていない状態(プレゼンティーイズム)」が問題となることが多い。
プレゼンティーイズムでは、集中力低下、判断力低下、ミス増加、コミュニケーション悪化、生産性低下などが生じる。
その結果、本人だけでなく組織全体の業務効率や安全性にも影響を与える。
特に医療、運輸、建設、製造など安全性が重視される業種では、メンタルヘルス不調による判断力低下が重大事故につながる危険性もある。
厚生労働省資料からみる高ストレス者の特徴とリスク
厚生労働省「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」では、高ストレス者は毎年受検者全体の約10%前後選定されていると報告されている。
一方で、高ストレス者に該当しても実際に面接指導を申し出る労働者は少ない。
これは、周囲に知られる不安、人事評価への懸念、「まだ大丈夫」という過小評価、忙しくて時間が取れないなどが背景にあると考えられている。
しかし、高ストレス状態を放置した場合、精神疾患発症や長期休業へ進展する可能性があるため早期介入が重要である。
特に「仕事の要求度が高い」「裁量権が低い」「上司・同僚支援が少ない」という条件が重なっている場合や不眠、強い疲労感、抑うつ感、不安感、イライラ、 身体症状など心身のストレス反応が出現している場合、メンタルヘルス不調へ移行するリスクが高いことが知られている。
ストレスチェック制度は、単なるスクリーニングではなく、職場環境改善、ラインケア強化、管理職教育、セルフケア促進、面接指導による早期介入を通じて、休職・離職・労災を予防する一次予防施策として位置づけられている。
高ストレス状態とは何か
高ストレス状態とは、仕事上のストレス要因が強く、それに対する心理的・身体的ストレス反応が高まっている状態を指す。
ストレス反応としては、抑うつ気分、不安感、イライラ、集中力低下、睡眠障害、頭痛や腹痛、動悸、疲労感などがみられる。
これらは一時的には誰にでも起こり得るが、長期間持続すると、うつ病や適応障害などの精神疾患、さらには離職や労災につながる危険性がある。
高ストレス者面談が必要な理由
高ストレス者面談の最大の目的は、「重症化予防」である。
メンタルヘルス不調は、初期段階では本人が「まだ大丈夫」と考えてしまうことが多い。しかし、実際には睡眠障害や集中力低下、感情コントロールの困難さなどが徐々に進行している場合がある。早期の段階で専門家が介入することで、休職や退職を防ぐことが期待できる。
また、高ストレス状態では、仕事のパフォーマンス低下やヒューマンエラーの増加が起きやすい。特に、責任の重い業務や対人業務では、本人だけではなく組織全体への影響も大きい。
労働者の不調を放置し、結果として症状が悪化した場合、企業側が安全配慮義務違反を問われる可能性もある。そのため、高ストレス者面談を適切に運用し、必要な配慮を検討することは、リスクマネジメントの観点からも重要である。
高ストレス者面談の意義
高ストレス者面談には、以下のような意義がある。
(1)本人の気づきを促す
面談を通じて、自身のストレス状態を客観的に理解することができる。「疲れていると思っていたが、実際にはかなり負荷が高かった」と気づくケースも多い。
(2)セルフケア支援
睡眠、休養、運動、相談行動など、セルフケアの方法を具体的に伝えることができる。
(3)職場環境調整
業務量、人間関係、役割の曖昧さなど、職場要因が大きい場合には、必要に応じて就業上の配慮を検討する。
(4)医療機関受診の勧奨
うつ病や不安障害などが疑われる場合には、早期受診を促すことができる。
高ストレス者面談の進め方について
面談を担当する医師の基本姿勢
高ストレス者面談を行う医師は「評価する」「説得する」という姿勢ではなく、「理解し、支援する」という共感的コミュニケーションの姿勢で対応する。
具体的には、
- 相手の話を遮らない
- 否定しない
- 安易に励ましすぎない
- 気持ちを言語化して返す
- 本人の困りごとを整理する
といった対応をとる。
管理監督者としては「頑張って」「気にしすぎだよ」といった言葉は、本人をさらに追い詰める場合があるため注意が必要である。
高ストレス者面談で確認する内容
高ストレス者面談では、以下のような点を確認する。
(1)ストレス要因
- 業務量
- 残業時間
- 人間関係
- ハラスメント
- 直近の職場環境の変化
- 直近のプライベートの変化
などを確認する。
(2)ストレス反応
- 睡眠
- 食欲
- 気分の落ち込み
- 不安感
- 集中力低下
- 身体症状
などを確認する。
(3)勤務状況
- 遅刻・欠勤の増加
- 業務効率低下
- ミスの増加
- 周囲とのトラブル
などの有無を確認する。
(4)支援資源
- 家族や友人からの支援
- 上司や同僚との関係
- 医療機関受診歴
なども重要な情報となる。
高ストレス者面談後の対応
高ストレス者面談は診断を行う場ではなく、「就業上の配慮」を医学的観点から医師意見書という形で助言する場となる。
本人の同意なく詳細な病名や個人情報を会社に伝えることはなく、必要最小限の情報共有にとどめ、プライバシー保護が徹底される。
医師意見書には必要に応じて、残業制限、業務量調整、深夜勤務制限、配置転換の推奨、在宅勤務活用、医療機関受診の推奨などが記載される。
高ストレス状態で抑うつ症状が顕著な場合、具体的には強い希死念慮、著明な集中力低下、出勤困難、ミス増加、感情コントロール困難などがみられた場合には休職が検討される。
ラインケアとの連携
高ストレス者対応では、管理監督者によるラインケアも重要である。ラインケアとは、管理監督者が部下の変化に気づき、相談対応や職場環境改善を行うことである。
管理職には、部下の変化に気づく、声をかける、必要時に専門家につなぐ、ハラスメントに対応する、適切な業務調整を行うなどの役割が求められる。
一方で、管理職だけで抱え込ませないことも重要である。産業医、人事、衛生管理者、医療機関などと連携しながら多面的に支援する体制が望ましい。
医療法人社団円遊会では会社相談として本人の同意を得た上で人事、管理職の方の相談対応も受け入れている。
おわりに
ストレスチェック制度は、単なるアンケートではなく、「労働者の健康を守り、働きやすい職場をつくる」ための重要な仕組みである。
特に、高ストレス者面談は、メンタルヘルス不調の重症化予防、休職・離職予防、安全配慮義務への対応という点で大きな意味を持つ。
医療法人社団円遊会では精神科医による適切な高ストレス者面談、必要に応じて医療的介入を受けることができる。また、会社相談として上司、人事の方と相談することもできる。
- 名称
- 株式会社 東京こころの産業医事務所
- 代表者
- 関谷 純平
- 設立
- 2020年10月
- 住所
- 〒169-0075
東京都新宿区高田馬場2-14-8
竹内ビル5階 - 最寄駅
- 高田馬場駅
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